徒然草 第７３段
世間で語り伝えることは、事実のままではつまらないのか、多くはみんな嘘でまるめた
ことばかりだ。
人は、事実以上に大げさにいいたてる上に、まして年月も過ぎ、場所にも隔たりが生じ
てしまうと、いいたいままに作り話にしたてて、書物にも書きとどめたとなると、またそれ
が、そのまま事実ということになってしまう。
諸道の名人のすぐれたことなどと、教養がなくてその道のわかっていない人は、むやみ
に神様でもあるかのようにいいたてるけれども、道を弁えている人は、いっこうに信じも
しない。噂に聞くのと実際に見るときとは、何でも違うものなんだ。
話す一方からバレルのもかまわないで、口から出まかせほうだいに喋り散らすのは、す
ぐにその話の根拠のないことがわかる。
また、自分も本当ではないと思いながらも、人の言った通りに得意そうに鼻の辺りをピク
ピクさせながら喋るのは、その人が嘘を言ったのではない。それよりも、いかにももっとも
らしく、話のところどころをぼんやりさせ、よく知らないふうをして、しかも辻褄を合わせて
話す嘘は恐ろしいことだ。
自分の為に名誉になるようにいわれた嘘は、誰でもむきになってまで否定はしない。一座
のものがみんなおもしろがる嘘話は、自分一人だけ「そうではなかったがなあ」というのも
さしでがましいようなもので、黙って聞いているうちに、その話の証人にまでされて、いっそ
うその嘘が事実としてきまってしまうようだ。
とにかくこの世は嘘で固まっている。だから、どんなことでも、ただ世間にありふれた、そし
て珍しくも何ともないこととして、そのまま受け入れていたら、万事間違いはありそうもない。
下賤の人の話は、人の耳をびっくりさせるような話ばかりだ。教養の高い人は、不思議な
話など話さない。とはいうものの、神仏の奇蹟、高僧の伝記などは、まるで信じられないと
いうものでもない。これについては、世にありふれた嘘を本気で信じているのも馬鹿らしく、
「そんなことまさかあるまい」などいういうのも、さしでがましいことだら、大体は真実らしく取
り扱って、むやみに信じるわけでもなく、また疑ったり嘲ったりしないほうがいい。
むべ ← ここへ飛ぶ
徒然草 ← ここへ戻る